T46『空白の5日間』

私には2006年に空白の5日間がある。

5years diaryを書き始めてから

8年目、2冊目の3段目に何があったのか、

前後を読み返せば想像がつく。

自分の事だもん、当たり前か(てへっ)

その翌年、

2007年の私は少し驚いたコメントを残してる。

でも、空白であることに深く追及はしてない。

書くのを忘れたのではなく、

どうしても書けない事はあるよね。

私は23年間、

日記を綴ってきた中で、

今のところこの5日間がそれにあたる。

だけどね、

やっぱり書いておけば良かったと思うの。

私が何を思っていたのか知りたいと、

今となっては思う。

2007年の私は見逃してくれたけど、

2022年の私は知りたい。

書き残していない気持ちは、

絶対に思い返すことができない。

書き残していたとしても、

完璧には思い出せないのだから、

書き残していなければ、

もう絶対に知ることはできない。

だから記憶が遠のけば遠のくほど、

その空白が気になって仕方がない。

だけどこうした理由がある空白は

許させれるべきだと、私は思う。

珍しい空白だからこそ、

「気になる」という

現象を引き起こしているわけなんだ。

だから、

空白そのものが悪いと言っているわけではない。

だけど、

理由がない空白(=気が向いた時だけ書く)

というのは駄目。

先ほども書いたけど、

書き残していない事は、

もう思い出すことができないの。

その空白が特別なことであれば、

「書けなかった」という

空白が物語る気持ちがそこにはある。

だけど空白がそこかしこにあっては、

5years diaryの意味が半減してしまう。

飛び飛びに書いたりしちゃだめ。

昨日と同じようなつまらない日、

思い出したくないきつかった日、

忘れてしまいたい恥ずかしい日を

書き残してこその日記なの。

当事者である自分が当時、

書きたくないことを書くことは、

未来の自分のため。

こういう日から学ぶことは本当に多くて驚く。

安心してほしい。

未来の自分は過去の自分に幻滅したりしないよ。

「書き残してくれてありがとう、よく頑張ったね」

と言ってくれるの。

空白なんて無いことが一番だけど、

どうしても書けない日はある。

それ以外は、ちゃんと思いを書き残そう。

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